不登校の子の父親である公認心理師が語るブログ

不登校の我が子の出来事を、父親かつ教育現場で働く公認心理師の立場からお話します

不登校の子の「アイデンティティ」の確立を支援すること

我が子は、布団に就くと、いろいろと考え事をしてしまい、寝付けなくなることが多いようです。「自分について」よく考えるそうです。

「自分は何者なのか」を考えるといっても、自分だけ見ていても答えは見つかりません。やはり、社会や他者との関係性から見ないと答えられません。自分の所属する集団と比べると「勉強はほどほど程度にできる方だ」「それほど社交的ではないな」と判断可能となります。自分だけを見つめていても「自分が何者なのか」見えてこないのです。

 

Erikson,E.H.(エリクソン)は人格発達理論で「12~22歳の青年期」の心理社会的課題として「アイデンティティ(自我同一性)」の確立があると述べています。

「『自分は何者か』『自分のめざす道は何か』『自分の人生の目的は何か』『自分の存在意義は何か』など、自己を社会の中に位置づける問いかけに対して、肯定的かつ確信的に回答できることがアイデンティティの確立を示す重要な要素である」(有斐閣心理学辞典)とされています。

エリクソンも「自己を社会の中に位置づける問いかけ」をする時期といっています。

 

そのような時期に「不登校になる」とどうなるのでしょうか?

我が子をみていてもそうですが、不登校の子は「本当は学校に行かなければならない」「できれば行きたい」と思っています。でも「行くことができない」のです。

子どもにとって「学校に行く」ことは社会に参加することです。学校に行くことで社会に所属している感覚を持つことができますし、学校の中での自分を意識することが「アイデンティティ」の探求にもつながるでしょう。

しかし、不登校の子は「学校には行っていません」から「学校に所属していない」→「社会に所属していない」という感覚を持ってしまいがちです。そうすると、「自分の存在意義は何か?」と自分に問いかけても「社会にいる価値がない」、「自分のめざす道は何か?」と自分に問いかけても「はみ出してしまったこの社会でめざす道などない」、という思いに苛まれる可能性があります。

 

エリクソンは、アイデンティティを探求する中で、「自己が混乱し自己の社会的位置づけを見失った状態」(有斐閣心理学辞典)を「アイデンティティ拡散」とよんでいます。青年期に「アイデンティティを模索し続けるモラトリアム(時間的猶予)」は、程度の差こそあれ誰でも経験することではあります。

しかし、不登校の子は通学している子よりも、アイデンティティ拡散を起こしやすい状況にあるといえます。だからこそ、不登校の子こそ、このアイデンティティの確立を支援することがとても大切です。

そのためには、まず保護者や周囲の大人が、「あなたは今のままでいいんだ」「学校に行かないというのも社会に対する在り方としてOKなんだ」、という安心感を与えることが重要だと思います。

「あなたはこの社会にちゃんと存在しているし、学校に行かなくても社会から落ちこぼれてはいない」というメッセージを与え続けることが大切です。

 

実際に、私の専門学校の生徒には「不登校」や「引きこもり」であった人が、数多く入学し、きちんと卒業し、学んだ専門性を用いて働いています。

自信をもって「大丈夫だよ」というメッセージを言語内外で示してあげたいです。

 

私も、我が子が不登校になった時、あせりました。

でも、「元不登校児」の教員仲間が「大丈夫だよ」「動きたくなったら自分から動くから」「子どもにおまかせしましょう」と言ってくれました。そうした「元不登校児」の教員仲間の言葉や「元不登校児」の教え子たちからも、ものすごく勇気づけられて、「学校に行かなくてもいいよ」というメッセージを、自信をもって我が子に与え続けることができています。

 

もちろん「いじめ」が原因である不登校は別問題です。「いじめられる」子どもに落ち度も問題もありません。「あなたは何も悪くない」「学校に行かなくていい」「あなたは大切な存在なんだ」と力強く守ってあげることが何より大切です。

やっぱり朝は苦手(夜に「自分は何者か」思慮する)

不登校の我が子。やっぱり朝はちょっと苦手なようです。

しかし、たまに朝早く起きてゲームしている時もあるので、必ずしもではないのですが。

朝が弱いというと、起立性調節障害が思い起こされます。

今思い返すと、私も小学校~成人後まで起立性調節障害でした。寝つきが悪い事(夜中になるまで何度も目を覚ます)も大きく影響していたとは思いますが、朝が起きられないのです。また、風呂に入っていると立ちくらみをしてしゃがみこんだり、悪いときは倒れたりしていました。しゃがみこんでいるところから、立ち上がると「あっ、やばい」と頭から血の気が引いていく感覚が分かり(あるいは予感でき)、そのまま一瞬気を失うことはしばしばでした。小学校はほぼ毎日遅刻、中学校はぎりぎり、高校はほぼ毎日遅刻でした。高校は遅刻が過ぎて単位取得に引っ掛かり、特別な配慮でなんとか卒業できました(ふぅ~)。

 

不登校の我が子は、やはり寝つきが悪いです。夜中にも頻繁に目を覚まし、トイレに行ったりしています。我が子が目を覚ますのは、中1~2年はとても多かったですね。1晩に4~5回はトイレに行っていたと思います。中3になると少なくなりましたが、昨日は頻回にトイレに起き、挙句の果てには猫を撫でて布団に戻ったりしていた様子です。

 

私はいろいろと考え事をしてしまって、眠れない事が多かったです。

小学校低学年の頃は学校に行きたくなかったこともあり、朝起きられなかったです。そのため、集団登校の班は私を置いて出発することが当たり前になっていました。

中学校はストレスがとても高かったのですが、なんとか遅刻はしなかったです。遅刻して行く勇気がなかったとも言えます。遅刻すると不良たちに目を付けられるので…

高校は楽しかったのに遅刻していました。遠方になるので、7時には家を出ないとならなかったのがとても辛かったです。

 

我が子はどうなのでしょうか。なんとなくする会話から察するに、寝つきにいろんなことを考えたりしている様子です。考えてしまうんですよね。

何を考えているかというと、「いろいろ」だそうです。ゲームソフト「ゼルダの伝説」の設定に対する考察や、自分が書いている小説のストーリー、もちろん「自分について」、考えているようです。

最近は、「自分は何者か」というアイデンティティについて思考を深めているようです。メジャーな道ではない「不登校」をしているので、より「自分」について考えることになるように思います。

 

Erikson,E.H.は人格発達理論で「12~22歳の青年期」の心理社会的課題として「アイデンティティ(自我同一性)」の確立があると述べています。

「『自分は何者か』『自分のめざす道は何か』『自分の人生の目的は何か』『自分の存在意義は何か』など、自己を社会の中に位置づける問いかけに対して、肯定的かつ確信的に回答できることがアイデンティティの確立を示す重要な要素である」(有斐閣心理学辞典)とされています。

 

不登校の子こそ、このアイデンティティの確立に対する支援が大切なのだと感じます。

ちょっと、起立性調節障害からアイデンティティに話しが逸れてしまいました。

ともあれ、起立性調節障害には気分の影響は大きいと思われますし、不安や悩みから夜眠れていないことの影響もあると思います。その意味でも、その子の心に寄り添うことはとても大切です。

相談室の友だちとカラオケに行くことに!

これは中3の夏休みでの話なのですが。

新型コロナウイルス感染の第5波ちょっと前です。

 

我が子が相談室の子どもたち5名で映画を見に行った話はしましたが、その後、夏休みに、今度はその5名でカラオケに行くことになりました。

やはり、楽しかったのでしょうね。「また一緒に遊ぼう」となったのでしょう。LINEで連絡を取り合って決めたようです。

 

カラオケ店はほとんどの子どもが自転車で行ける距離にあるのですが、同じ系列のカラオケ店が近くに2つあります。しかも店名も似ている。うーん、それがちょっとしたハプニングの原因に。

みんなで決めたカラオケ店は、「みんなの自宅から近い」が「駅からは遠い」店舗にしました。

このカラオケに行くというのは、ちょうど家族でキャンプに来ている時に、友だちからのLINEで決まりました。

キャンプから帰ったその日の午前10時にカラオケに行くことになり、大慌てです。

せっかくのことですから、親としては、我が子には友だちとカラオケに遊びに行って欲しいと思います。しかし、キャンプから帰ってすぐに出たとしても自転車では間に合わない感じ。そこで、妻が(パパはキャンプ場から自宅まで車運転してお疲れで~す)我が子をカラオケ店まで車で送り届けることになりました。

約束のカラオケ店に行くと、友だちの一人が駅近の別のカラオケ店に行ってしまったとのこと。しかも電車で行ったとのこと。

ならば、「こちらの3名が駅近のカラオケ店に移動しよう」となりました。相談室の友だち4名のうち、とてもしっかりした子がいるそうです(我が子曰く)。その子がリーダーシップを発揮して、みんなで移動となりました。我が子は自転車でないので、妻が駅近のカラオケ店まで送りました。

 

カラオケ店では、ジュースを飲み、軽食を食べ、楽しくカラオケしたようです。

 

相談室に登校している生徒の中にも、とてもしっかりした子がいるということに、少し驚きましたが、でも当たり前ですよね。しっかりしているとか頼りないとか、外向的とか内向的とか、不登校であることに直接関係はないですからね。

そのしっかりした子は、相談室の子どもたち(我が子含む)から結構信頼されているようで、その子に任せておけば大丈夫感があったそうです(妻談)。

 

我が子は以前から「カラオケに行きたい」と言っていたので、それが友だちと一緒に実現できたので、とても楽しかったようです。

相談室の子どもたちが、このように楽しんでいることに、本当にうれしく思います。

 

2学期が始まり、相談室登校も始まりました

2学期も始まりました。

そして、相談室登校も始まりました。夏休み明けなので、「どうかな~?」と、ちょっと気を揉んでいたのですが、今まで通り、相談室に行きました。

担任の先生から私の携帯に連絡があり、通常の学級は「現在、午前中はオンライン授業、午後は授業なし」になっているので、「もし、希望があればタブレットの貸し出しができるので、オンライン授業に参加できますよ」という話しをもらいました。もちろん、強制ではなく、希望があれば、という感じで話してくれる先生なので、ストレスはありません。

まあ~オンライン授業には参加しないだろうなと(勝手に)予想したので、特に我が子にもその旨は話をしませんでした。

我が子は我が子で、LINEを通じて通常学級のオンライン化や相談室の開放時間などの情報を既に仕入れていました。

「今、学校は午前中オンライン授業になっていて、午後の授業はないんだって」(パパ)

「うん、知ってるよ。そうなんだってね。」(我が子)

「相談室は午後とか空いているのかな?」(パパ)

「マックスでも5名だから、密にならないからいいみたい。」(我が子)

「あっ、じゃあいつも通り午後1時過ぎから行けるんだね。」(パパ)

「うん。そうだよ~」(我が子)

ということで、翌日から相談室に登校し始めました。

 

そうして相談室登校2学期初日から帰ってくると、「(仲の良い相談室の)友だちが修学旅行に行くのなら、行ってもいいかな~」と我が子が言っていたそうです(妻談)

ふむ、でも同じ班とか部屋とかになるとは限らないし、というかクラスが違うから、班とか部屋とかは初めての「同級生」と一緒になるので、うーん、難しいなと思いますが。

まだ「行ってもいいかも」という気分でしかないし、実際をいろいろ検討したわけではないようなので、とりあえず話を聞いておいたようですが。

 

我が子は自転車通学なので、雨が降ると「お休み」しますが、晴れの日はこれまで通り、通っていますね。

 

ちなみに、相談室に通っている生徒は、やはり5名なんですね。ということは、相談室の子どもたちで映画を見に行ったのは5名だったから、相談室登校の全員で遊びに行ったんだね!

おおー、ちょっとびっくりですし、うれしいことです。

 

久しぶり(2年ぶり)に家族でキャンプに行きました

話が前後するのですが、夏休みに入ってすぐに、家族でキャンプに出掛けました。ロッジの前で野外BBQができ、綺麗な川で安全に遊べる「お手軽キャンプ場」です。

ここのところ3年続けて夏休みに出掛けているのですが、昨年は不登校の我が子が「行かない」となって、一人でお留守番し、下の子と両親の我々3人でキャンプに出掛けていました。

しかし、今年は、不登校の上の子は「どうしようかな~」と迷っていたのですが、「やっぱ行く!」とのこと。

 

家族4人で外泊するのは久しぶりです。キャンプ場に昼過ぎに到着し、一息ついてから

「川に遊びに行こう!」(パパ)

「うん、行こう!」(不登校の上の子)

「うーん、いいかな」(下の子)

(えっ?下の子は昨年めっちゃ楽しそうにパパと川遊びしたじゃん!)

「行かないの?」(パパ)

「うん、いいや~」(下の子)

 

まあ、いいか。不登校の上の子と一緒に直ぐ近くの川に遊びに行きます。

「うわーきれい」(不登校の上の子)

素足にかかと付きサンダルで川に入ると冷たくて気持ちがいい。深い緑の低山に囲まれ、清々しい空気。きれいな自然はいいですね。

 

しばらくパパと二人で川遊びして、「また来年もここに来たい!」と目を輝かせていました。実は不登校になった中1の夏にも来ているはずなのですが、不登校の上の子は、ここに来てキャンプしたことを覚えていないのです。

「こんなところがあるんだ~。来年も来ようね!」と不登校の上の子。

やはり、不登校になったばかりのあの頃の我が子は、いろんなことで頭が一杯になっていて、キャンプに家族で来たことも忘れてしまう状態だったのかな。本当に大変だったんだろうと思うと、ちょっと泣けてきました。

でも、「また来年もここに来たい!」と言った時の、はじけるような笑顔を見て、ともてうれしかったです。もちろん、「うん、また来ようね」と返事しましたよ。

 

さて、川遊びから戻ってロッジで休憩。実はWifiがあって、ネットやYoutube、スイッチもできるのです。クーラーも効いているので「うーん快適」。本当のアウトドアの方々からは叱られてしまうくらいのインドアです。でも、このお気軽さがいい。

 

夕方から火起こしをしてBBQを開始。持参したお肉を焼いて、子どもたちの大好きな「カルビずくし」です。カルビに満足した子どもたちは「マシュマロ焼き」でデザート。大満足した子どもたちは一足先にロッジに。その後、ゆっくりと肉を焼きつつビールで一杯。やはり、家族全員で来た方が楽しかったですね。

焼き肉にビールを片手に、夫婦で「上の子も本当に元気になったね」と語り合いました。

不登校になりたての頃は、スクールカウンセラーに相談してから小児心療内科の病院を受診したり、フリースクールに行くことを促してみたり、いろいろと動いてバタバタして、子どもを「動かそう」としていました。でも、「動かそう」としても我が子は「動かなかった」です。むしろ「おまかせ」していたら自分から「動きだし」ました。

そして、こうして、再び家族みんなでキャンプ(BBQ)に来ました。

「行かない」と2年前には言っていた不登校の我が子は、「また来たい」と言い、自分から動くようになってきたのです。

 

 

 

今日から新学期 夏休み明けは気になります

夏休み明けは、いろいろと心配です。

今日から新学期の学校も多いかと思います。

 

不登校の我が子も、久しぶりの相談室登校を再開します。家でゲームして過ごしてばかりいたので、大丈夫かな?

3年生に進級?した時は、「いつから相談室に行くかなど、友だちと相談しておいた方がいいよ」とか促していたのですが、今回は特に何も言わずに放っておきました。

しかし、新型コロナウイルス感染第5波のため、中学校は分散登校をするらしい。相談室はどうなるのか?

相談室も分散登校?

いやいや相談室に来ている生徒は最大5名だそうで(我が子談)、密にはなりそうもありません。とはいえ、学校の方針もあるだろうし。。。

 

今日は始業式で、半日で終了なので、相談室には行かずです。

我が子は午後1時過ぎに相談室に行くスケジュールなので(自分で取り決めました)、半日だと午後1時過ぎに行っても、すでに学校自体が閉まっているからです。

 

結局、普通教室に登校している仲のいい友だちにLINEで、いつから1日の授業になるのか聞いて、それからとりあえず行ってみようか。となりました。

一度、相談室に行ってしまえば、何か変更があれば相談室の先生や担任の先生から話があるのでは、という感じです。

 

しかし、長期の休み明けは、腰が重くなっているでしょうから、ちょっと心配ではあります。でも、仲のいい友だちが相談室にもいるので、大丈夫かな。我が子は、友だちと会ったり話したり遊んだりするのが好きなのです。

 

9月からも、これまでのように順調に相談室登校を続けて欲しいなと思っています。

友だちと会うために相談室に行く、まったく良いと思います。

 

パパの学校に行ってみた(ワクチンを打つためです)

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないです。

大変なことです。

 

そんな中、私が勤めている学校で「新型コロナウイルスワクチンの職域接種」を行うことになりました。まだ受けられていない学生も多いので、いいことです。ついでに、地域の方々や職員の知り合いも打てることになりました。

不登校の我が子は14歳なので、つい最近市町村から接種券が届いたのですが、ワクチン接種はどの病院でも予約一杯で、打つことができないままでした。

 

グッドタイミング!

モデルナ製ワクチンなので、ちょっと副反応があるとは思いますが、コロナに罹った人から直接に話を聞くと、とてもしんどい状態であることが分かるので、我が子にはワクチン接種を勧めました。

もちろん、我が子の意志を尊重して、「どうします?」と聞くと、「打つ!」との返事。

我が子は、結構ニュースを見ている(読んでいる)ので、新型コロナウイルスの危険性と、ワクチンの有効性について理解しているようでした。ネット経由の知識も多いので、「ワクチン副反応などについての偏った情報に振り回されていないかな」と思っていましたが、きちんと情報リテラシーを駆使していました。

 

 さて、ワクチン接種当日、パパが仕事の休みを取って自家用車で我が子を連れて行きました。

とりあえず、教員室に我が子を連れて入室。自由な雰囲気の職場で、ちょくちょく教員が自分の子どもを連れて教員室に来たりする職場です。そこで、パパの職場の先生方とご挨拶となりました。

「仲良くしている臨床心理の先生だよ。」(パパ)

「こんにちは。お世話になっています。」(先輩心理師)

「こんにちは!」(我が子)

 

「学科長の先生だよ。」(パパ)

「こんにちは」(学科長)

「こんにちは!」(我が子)

 

「おっ、スプラトゥーンのTシャツだね。」(他の先生)

「はい、そうです。」(我が子)

「うちの子もやっているんですよ。」(他の先生)

(「この先生もスプラを知っているんだ~」という興味の視線を送る我が子。先生の話に積極的にうなずいている。)

 

「おおー、大きくなったね~」(副校長)

「とっても偉い先生だよ。」(パパ)

「(ちょっと驚いた表情で)こんにちは!」(我が子)

 

その後、学科長から「すごくいい返事ができるんですね。仕事がなければもっといろいろお話ししたいと思いましたよ。」との話をいただきました。

確かに我が子は、返事は大きな声でしっかりと、相手を見て挨拶をしていました。マスクはしていますが、表情もよかったと思います。

本当に、しっかり挨拶できているし、反応もきちんとしているな~と、改めて感心しました。

私の職場の学生さんでも、挨拶がきちんとできない人もおり、なかなか大変だったりします。「他者に教えてもらう(学校や仕事で大切なことですよね)」には、「挨拶」と「反応」は大切です。挨拶がいまいちだと「あれ?大丈夫かな~?」となりますし、適切な反応を示してくれないと「聞いているのかな?」となります。そして、「なんか教えにくいな。教えるのやだな」となってしまいます。

 

ワクチン接種を受けた後、我が子に「パパの学校の先生たちが、『しっかりと挨拶ができていいですね』と、すごく褒められたよ。」と伝えました。

「そうか~。ほんと生徒会やっていてよかった~」(我が子)

「挨拶や返事がないと、『大丈夫かな?』と思うし、教えていても『分かっているのかな?』と心配になるんだよね。」(パパ)

「そうだよね。返事がないと、そうだよね~」(我が子)

ちゃんと核心を理解しているようです。

 

学校に行っていなくたって、いいんです。

でも、人と話をするときには「挨拶をする」「しっかり返事をする」、これは大切です。これらができていれば、周りのやさしい人達が、支援してくれます。私の学校の学生をみていてもそうです。

もちろん、「挨拶しなさい」と強要するのは良くないと思います。相手にとっては「挨拶していない」ととられてしまうのかもしれませんが、その子は精一杯の気持ちで挨拶をしていることも多いからです。軍隊のように一律に「声が小さい!」みたいな対応は、あってはならないことです。精一杯頑張っている子の気持ちを汲み取っていないからです。

でも、そういう教員はいますよね・・・

 

何のわだかまりもなく「元気に挨拶」できる子はそれでもいいのですが。

私は小学生の時「場面寡黙症」といえる子だったので、学校では誰とも話せない日々がかなり続きました。苦しかったです。ましてや、元気に挨拶なんて・・・

 

我が子も不登校になりたてのころであったら、このような挨拶はできなかっただろうと思います。そもそも、ワクチン接種のために外出することもできなかったでしょう。

今でも、不登校になりたてのころ、無理にフリースクールの体験会に連れ出そうとして家から駅に向かうとき、背中を丸めて申し訳なさそうに恥ずかしそうに辛そうにあるいていた我が子の姿を思い出します。

あの時の姿を、あの時の気持ちを、再び我が子にさせてはいけないと、強く何度も思い返します。

「大きな声で挨拶しなさい」と強要するのではなくて、「他者と良好な関係を取りたいな」とその子が思ったなら、そのためのスキルとして「しっかりと挨拶すること」が有効だよと教えてあげればいいのではないでしょうか。

 

 不登校の子には、まず援助をする大人が寄り添ってあげること、まずは「今のままでいいんだよ」と受け入れてあげることが大切だと思います。そのような時期に「大きな声で挨拶しましょう」なんて指導はありえないですよね。