不登校児を受け入れる専修学校の専門課程があった
高等課程がある専修学校のパンフレットを取り寄せてみました。
すると、不登校の生徒を積極的に受け入れているコースもあるではありませんか。
それ以外にも、美術を専攻する高等課程もあります。CGも学べるコースがあります。
不登校の生徒を積極的に受け入れているコースは、授業開始時間が遅めだったり、半分程度の時間は、生徒がやりたいことを取り入れて、個々の生徒に合わせた授業が受けられるように工夫されているようです。なので、半分はCGの授業を受けられる可能性があります。
親としては、ついつい美術の専門コースという「一般」クラスに行って欲しいと「欲をかいてしまう」のですが、通えなくなったらむしろマイナス。焦ってはいけません。
むしろ、不登校の生徒を受け入れているコースもあることは、このコースでならなんとかなるかも(入学できるし、通えるかも)、という希望を感じました。
しかし、焦りは禁物です。親が積極的に進めた事では、散々失敗してきました。
特に失敗だったと思ったのは、中学入学前に「英語を先に勉強しておいた方が、中学に行っても困らなくて済むのではないか。」という「親心」で近くの英語教室に通わせたこと。でも3回で行かなくなりました。「毎回同じことを書かせるだけで、つまらない」と我が子。講師の先生としては、中学から始まる英語のセンテンスや英単語をしっかり書けるように覚えさせておけば、中学英語のスタートにつまづかないという意図でやっている、ということは同じ教員として理解できます。しかし、我が子にとっては、そもそも自分が行きたいと言ったわけではなく、親から勧められたので行ってみたまで、ということでしかなかったのです。
しかし、私たち親は、その我が子の気持ちを十分にくみ取ることができず、「ならば塾に行かせた方がいい」となってしまいました。特に妻がその意見を強く主張しました。私はもう乗り気ではなくなっていたのですが、「上の子は器用ではないから、早目に勉強をしておいて、勉強を見失わないようにした方がいい」と強く申しておりました。妻にもAD/HDの傾向があり、「上の子を見ていると過去の自分を見ているよう」だそうで、妻は中学で数学があまりにもできなくなり、見かねた妻の親が一時的に家庭教師をつけてくれて、それで数学が普通にできるようになった、という経験をもっています。そのため、「上の子には自分(=妻)と同じ轍を踏ませたくない」という「親心」で、塾を強力に主張したのでした。さすがに、そのような妻の意見に抗ってまでの主張はないので、受身的ではありますが同意していたわけです。
妻は、上の子に合いそうな塾探しに熱心になり、塾の説明会に何カ所も出かけ、良さそうな塾の体験授業をいくつか我が子に受けさせていました。
最終的にある塾に行くことになり、その送迎も親が交互に行ったのですが、うん、1か月で「辞めたい」との申し出が我が子からありました。「ママが行きなさいというから行ったけど、楽しくない、いやだ」ということでした。
本人が納得しないまま、親が進めると、すごく嫌ではなければ取り合えずやっては見るのですが、継続した試しはありません。むしろ、我が子は自分がやると決めたことは、応援団にしろ、金管部にしろ、生徒会にしろ、やりきっているのです。
なので、「この専修学校の高等課程の、どのコースに行きたいかを親が勧めてはいけない」ということは、私たち親は既に学習しておりました、はい。
しかも、その専修学校自体も強く勧めない方がいいかなと思い、「こんなところもあるよ」と、とりあえず学校のパンフレットを渡しておきました。
どうなんだろ、パンフレット見ているのかな? 関心あるかな?
と、親は気が気でないのですが、我が子はマイペース。それでも、パンフレットを見た形跡があるので、数日後、思い切って聞いてみました。
「どう?この学校は?興味あるかい?」(私)
「うん、CGコースがいい。CGの勉強がしたいんだよ。」(我が子)
というような返答でした。
正直ホッとしました。行きたいと思ってくれたので。
では、ということで、入試の要件を見てみると、学力考査(国語・英語)、美術作品(なんでもいい)持参、面接、となっています。
美術作品はこれまで作成した動画や加工した「ゆっくりキャラ」でもいいのでは?とパパ(私)。(後に、この推測が間違いであることが判明するのですが)。
しかし、国語はともかく、英語は全く出来ない!
「さすがに100点は必要ないと思うけど、0点ではまずいだろ」と、そこは専門学校の教員なので、ある程度正しく推測しました。
「美術の専攻だから、英語で満点は取らなくていいけど、全く出来ないのでは厳しいのじゃないかな?」と、我が子にも話をしました。
「国語は?」(我が子)
「文章が読めれば0点となることはないだろうから、後で考えても大丈夫じゃないか」(私)
このような、専門学校の教員であるパパ(私)のアドバイスを受けて、我が子は「英語の勉強はした方がいいかな」と。
「じゃあ、パパが教えるから、毎日少しだけでも英語を勉強しようか。」(私)
「うん、やる!」(我が子)
こうして、私と我が子による、専修学校に入るための英語の勉強が開始されたのです。