不登校の子の父親である公認心理師が語るブログ

不登校の我が子の出来事を、父親かつ教育現場で働く公認心理師の立場からお話します

「学校に行かなくてもいい」の基本はあくまで「子どもにおまかせ」

私は、これまで何度も「学校に行かなくてもいい」と言ってきました。

我が子が「学校に行きたくない」となった時、最初はなんとか説得を試みました。しかし、頑として「学校に行かない」という我が子に、私は、「わかった。でも行きたくないということを、しっかりと親に言えたことは素晴らしいよ。パパも中学校は行きたくなかったのに親に言えなかったんだ。でも、言えたんだからすごいことだよ。」と、子どもを褒めて、受け入れてあげようとしました。

このエピソードを、自身も不登校児であった先輩心理師に話した時、こう言われました。

「本当に子どもの意思を優先しているのですか。あなたは「自分がこうありたかった」という自分の意見を子どもに押し付けているのではないですか?」と。

これには「はっ」としました。そうかもしれない。いつの間にか、自分が良いと思っている価値観で、我が子の不登校を評価しているのかも。

「子どもにおまかせすればいいんです。でも、これは本当に難しい。」と先輩心理師は言いました。

「子どもにおまかせ」できるようになるのには、時間がかかります。我が子にまかせても大丈夫と”自然に”思えるようになるまでは。今でも、子どもに任せておいて大丈夫なのか…という不安は湧いてきます。

学校に行かないことによるデメリットは明らかにあるからです。知識を身に着ける機会がかなり失われること。勉強しないことにより、進学できず、その後の人生の選択肢が非常に狭くなってしまうこと、などあります。また、同世代の子どもとの交流の機会が失われることです。

きっと、本当に我が子を心配している親は、このデメリットを本人も親も理解したうえで、無理に行くことによって生じる我が子の心理的な傷つきの方が大きいなら、無理に学校に行こうとすることで我が子の心が立ち直れないほど傷ついてしまうなら、無理に学校に行かなくてもいい、という判断もあると思うでしょう。

「学校になんて行く価値がないから、不登校でもいいんだ」という親の価値を押しつけるようなことがあってはならない。

しかし、心が傷つき、心のエネルギーを費やしてしまわないように、学校に行かないという選択を子どもがしたならば、いつか子ども自身から動き出す。健康な心と脳は、何かをしたくなる。その時のために、親は子どもより知識があるのだから、適宜子どもに情報を与える必要はあると思う。この「適宜」が難しいのですが。ついつい先回りしすぎたり、期待してしまったり、躊躇して遅れてしまったり。